2022/10/13 00:39


石畳のパン屋のパンができるまでのお話、パンづくりへの思いをお伝えします。
どうか、最後までお読みいただけるとうれしいです。




材料のこと。

「自分の体が受け入れるもの」「大切な人に食べさせたいもの」を基準に、材料を選んでいます。パンづくりのために、毎日パンをたべるようになったことで、ある日を境に体の一部が痒くなってしまいました。試しに、国産小麦から国産有機小麦に変えてみたところ、痒みが出ることはなくなりました。小麦製品が苦手という友人から「石畳のパン屋のパンは食べられる」というのを聞いて、材料への意識がさらに高まりました。
また、農家さんとのご縁を大切に、いただいた作物のおいしさを引き立てるパンづくりを目指しています。



窯のこと。

窯は3階建ての構造で、1階で薪を燃やし、その火がグラというラッパ状の鋳物から吹き出し、2階のパンを焼く部屋全体を温めます。3階には、煙が抜ける道と煙突があります。この窯は、夫と二人、手探りで作りました。設計図、手順書は手元にありましたが、素人の私たちには何のことやらさっぱりわかりませんでした。それでもどうにか乗り越えて、2021年に完成。今眺めても「夢みたい」と思ってしまいます。 
薪窯を築いたのは、大きなカンパーニュを焼きたかったからです。ガスオーブンでは、表面が焼けても中まで火が通らなかったり、焦げが苦かったりしました。一方、薪窯では、表面が焼きこまれ、中の水分が保たれたままふっくらと焼き上がります。何より焦げが、香ばしくておいしい。私が目指すパンを叶えられるのが、薪窯だったのです。



薪窯に使う薪のこと。

私の夫は炭焼き職人です。毎年、炭焼きシーズンになると “クヌギ山” の木を切らせてもらいます。その際、茶道用の炭になるクヌギだけではなく、山全体の木を切り出します。そうやって山全体を手入れすることで、クヌギ山の未来を守っています。 
石畳のパン屋では、規格外のクヌギやナラなどの雑木を使って薪をつくっています。今では、地域の栗農家さんから「剪定した木はいらないか」と声をかけてもらうように。地域に根付く薪窯に、一歩近づいた気がします。



発酵のこと。

家の台所でパンづくりの実験を始めたころ、レーズンや季節の果物などで酵母を起こしていました。それから、小麦でも酵母を起こせると知り、自分で育てた小麦で酵母を起こしたい、と一念発起。今から10年ほど前、その酵母を作ることができました。定期的に粉と水を加えて種をつなぐ酵母は、私のパンづくりに欠かせない相棒です。 
発酵については、わかっているようで、実はわからない。神秘に包まれています。私ができるのは、見えない菌たちがのびのび活動できるように手伝いをすることです。



生地づくりのこと。

パン生地と向き合いながら、その生地の感触を手から頭へ伝達する。それは、経験則や過去のデータといった過去と、今とを照らし合わせる大切な作業です。パンの成形が終われば、無心に近かった自分が我に返ります。あとは、一旦待つ。ただ元気に育ってほしいと願います。
 窯にパン生地を入れる直前、カミソリで生地に入れる切れ目を「クープ」と呼びます。翌朝、ここまで育ったパンが最後に花開くように、この子たちが持つ力が最大限に発揮できますようにと、祈りを込めてクープを入れます。



パンを窯に託し、窯を開けるまで、のこと。

窯の扉を開けるまでの時間は、いのちの誕生を待つ時間。扉を開けた瞬間、熱気とともに誕生のエネルギーを一身に浴びます。窯から出たパンは、とてもエネルギッシュで生命力にあふれ、私の体に活力を与えてくれます。 
「よく頑張ったね」「ありがとう」「いい顔をしているね」。一つ一つに声かけをして、棚に並べられたパンたちは、パチパチと音を立て、今、ここにいることを主張してきます。ようやく私は安堵して、緊張に満ちた全身の力と心を解き放ちます。



山奥でパンを作る、ということ。

山が好きだというのでもなく、自然が好きというのでもなく、ここがいい。石畳は、居心地がいい山奥にあって、守られている感じがするからです。人を見かけなくても、人を感じます。風景から人の気配とこの地に注がれた愛を感じます。山奥でひとり、パンづくりをしていても寂しさを感じることはありません。 
時々、チェーンソーや草刈り機の音が聞こえてくると、ここで暮らす者として、一緒に仕事をしている気分になります。私も頑張ろうと思えます。畑仕事もパンづくりも、里山で暮らす、おなじ仕事。パン屋というより、山奥でパンをつくる人という表現がしっくりくるかもしれません。



みなさまへ、伝えたいこと。

当時、小学2年の私は、教室の後ろの壁にみんなが描いた絵を貼り出されたとき、自分は絵が下手なんだ、という現実を突きつけられました。私は器用ではありません。それでもパンを作るのは、“おいしいパン”を食べたいから。 “おいしいパン” ってどんなのだろうと思うからです。
“おいしいパン” というゴールは、簡単に到着できそうで、そうでもなく。それでも目指すのはその道すがら、いろんな発見や出会いがあると信じているから。一緒にパンのおいしさを探す旅にお付き合いいただけたら、うれしいです。



石畳のパン屋 武藤裕子/パンづくりを始めるまで、施設や病院に勤務する管理栄養士をしていました。長く関わった患者さんが亡くなる姿を何度も見るうちに、「やりたいことをやろう」という想いと、「田舎でパン屋になりたい」という夢を抱き、同じく田舎暮らしを望む夫と一緒に2007年、移住地を探すための四国遍路へ旅立ちます。その道中で石畳にめぐり合い、同年、移住しました。本当はパン屋で修業をしたかったのですが、理想のパン屋が見つからず、自宅でパンづくりの実験を重ねました。そうして2017年「石畳のパン屋」をオープン。その後、かねてからの夢だった石窯をつくろうと一念発起し、憧れの薪窯パン屋「ブーランジェリードリアン」の田村氏から薪窯づくりを教わりました。2020年、薪窯制作のためのクラウドファンディングで支援を募り、翌年、薪窯を完成。リニューアルオープンを果たし、いまに至ります。